>Requiem

その120・・・『25年目』・・・・



阪神・淡路大震災から25年目

今年も5時46分に黙祷をささげました。
25年前のことを思い出しながら。


ちょうど切りのいい年になるからか
今年はいつもより、メディアでも震災関係を取り上げていることが
多いような気がします。


このレクイエムも書き始めてから、20年を超えました。


この20年の間に、あちこちでたくさんの災害があったということは
阪神・淡路大震災の前にも、大きな災害があったはずなのですが
自分の身に降りかかるかもしれないとは、全く思ってなかったんですよね。
地震大国だと言われているにも関わらず。


それは私があまりにも子供で、災害に対して
無頓着で無知だったからかもしれないのですが
戦後初の大都市直下型地震であり、観測史上初の震度7だった
阪神・淡路大震災

あのあとから、自衛隊の派遣だったり、災害医療だったり
ボランティアだったり、救援物資だったり
様々な方面で教訓を得られているのだと思います。


それにしても、これだけ災害が多いのに、
未だに避難所は体育館で雑魚寝・・という状況なのは、
どうしてなんでしょうね。
一時的だとしても、あれでは着替えもままならないし
プライバシーもないですもんねえ。

限られた予算や人員の中で、快適な避難生活というのは
優先順位が低いのかもしれません。
ある程度、自分でできることは自分で準備しておかなければ。



25年前は、4歳と2歳の幼児を抱えての被災でしたが
今子供はいないけど、自分も年をとりつつ
近くに老親がいるなど、生活も変わってきています。

あるいは、家族に赤ちゃんがいるとか、
身体が不自由な人、病人、また、自分の身体が
思うように動かないとか
様々な家族、様々なケースがあって
防災減災の意識や備えも変わりますね。


そして家族がバラバラに離れて暮らすようになった今
連絡をどう取るのか・・悩ましいところです。


独り暮らしの次男なんて、防災グッズどころか
その日食べるものすら家にないんだろうな〜〜(^^ゞ

(それを補う生命力だけはありそうですが・・・)