>Requiem

その7・・・・震災の翌日・・・

今年の七夕の短冊には「プロ野球選手になりたい」と書いた
小学2年生の次男。震災当時は2歳で、記憶にないはずなんだけれど
去年の短冊には「じしんがおきないように」と書いてあった。

さて、震災の翌日。
かなり記憶が曖昧になってくるんですけども(^^;
ダンナはまた会社へ行ったはずです。
会社も被災地にあったので、とんでもないことに
なっていたらしいので。
そして、当時住んでいた団地の同じ棟には、子供の年齢が同じ
仲良しの家が2件。そのうちの1件は早々に実家に行ってしまいました。
実家もほど近い被災地なんですが、やはり小さい子供を抱えていては
給水車に並ぶことすら出来ないですからねえ(^^;
とりあえず、子供達は何も関係なく元気が有り余ってるし
何をするのも手に付かないので、少し外遊びをさせているあいだ
フットワークの軽いおばちゃん達はちゃんとスーパー他に殺到してたらしいです(^^;
これまた危機感がないっていうか・・・多少の買い置きがあるのを
いいことに、買い物しておかなくちゃ・・・って事も思わなかったんですねえ(^^;

災害に対してほんと情けなかったのは、ライフライン・・・水・ガス等が
絶たれると、普段何気なくやっている家事一つ出来ないんですね。
例えば、洗い物。いつもは給湯器からお湯をざぁざぁ流しながら
洗っていたものの、さて水道から水が出ない。昨日汲んできた水は
あるけれど、バケツに汲み置いた水を使って、さてどうやって
キレイに洗い物が出来るのか?
ちょっとやりかけたものの、結局手際よくキレイに出来なくて断念しました(;;)

そうこうしてるうちに、もう1件の友達も大阪にある会社の寮に避難出来ることに。
向こうに行ったら普通の生活が出来るから、とペットボトルの飲み水を頂きました。
ほんとに貴重な飲み水。ありがたかったです。


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